ライフスタイルチェックができるまで
1.「プレシニアのためのライフスタイルチェック」作成の経緯
私達の研究チームでは、もともと「高齢者が社会から孤立しないようにするにはどうすればよいのか」「生活に困窮しているのに、援助を求めないのはなぜか」という疑問をもっていました。
最初に実施したのは、生活困窮に陥り、社会からも孤立していた男性高齢者数十人に対するインタビューです。自らの人生を振り返ってもらったところ、深刻な生活問題に直面していたときでも、「将来について考えていなかった」点は共通していることがわかりました1) 。また、50~70代の一人暮らしの方を対象とした調査の回答者約1,300人を分析した結果では、将来への諦めが強い人ほど、援助を要請しない傾向もみられました2) 。これらの研究を通して、高齢期の貧困や孤立を防ぐためには、問題が深刻化する前の中年期(高齢期を迎える前のプレシニア)の段階から、自分の現状を理解して将来展望をもつこと、すなわち諦めずに将来に向けて準備することが重要であるとの結論に至りました。
しかし、プレシニアは、将来について漠然とした不安を抱いていたとしても、日々忙しかったり、何から手をつけてよいかわからなかったりして、結局何もしないまま高齢期を迎えてしまうかもしれません。そこで、スマートフォンなどで気軽に利用でき、自分にどのようなリスクがあるかを知ることのできる「ライフスタイルチェック」のWebサイトを開設しました。
本サイト内の「ライフスタイル診断」は、プレシニアに「自分のリスクを知る」機会を提供するだけでなく、それぞれの課題に応じた対策や相談窓口などの情報も提供します。つまり、状況改善のために具体的に何ができるかについてのヒントを示すことで、将来への不安の強さから思考を停止させてしまうのではなく、より良い将来に向けて、前向きな一歩を踏み出せるように後押しすることを目指しています。
脚注
1) Murayama, Y., Yamazaki, S., Hasebe, M., et al. (2021). How single older men reach poverty and its relationship with help-seeking preferences. Japanese Psychological Research, 63(4), 406-420.
2) Murayama, Y., Yamazaki, S., Hasebe, M., et al. (2022). Psychological factors that suppress help-seeking among middle-aged and older adults living alone.
International Journal of Environmental Research and Public Health, 19(17), 10620.
2.どのような人をターゲットとするか
ライフスタイル診断の利用者として想定している年齢層は、おおむね40~60代くらいの方です。40代の多くは、まだ「プレシニア」との自覚はないと思いますが、高齢期に向けた準備は早くから始めたほうが余裕をもって進められます。また、近年60代の就業率は上昇しており、60代後半でも半数以上の方は働いています(総務省統計局「労働力調査」)。
プレシニアの中でも特にライフスタイル診断の利用を勧めたい対象は一人暮らしの方(独居者)です。現在の高齢の独居者には配偶者と死別した女性が多いものの、未婚率の上昇により、今後、男性の独居率が急速に高まることや、出生率やきょうだい数の減少により近親者のいない独居高齢者が急速に増えることが予想されています(国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計(全国推計):令和6(2024)年推計」)。
近親者がいない独居のプレシニアは、将来の生活への不安がとりわけ大きいと考えられます。一方で、現時点では家族と同居していても、親や配偶者との離死別、子どもの独立などによって高齢期に独居になる方はたくさんいます。その意味で、ライフスタイル診断は、現在独居であるか、将来独居になる可能性があるすべてのプレシニアを対象としています。
3.「将来のリスク」の考え方
私達は、高齢期に自立した生活の維持が困難になるきっかけや、事態を悪化させる原因となるものとして、次の3つの側面に着目しました:
(1)心身の健康状態の悪化(認知症を含む)
(2)経済状態の悪化
(3)支援が必要な状況で適切な支援を得られない
さらに、(3)適切な支援を得られないことの背景には、①そもそも相談できる相手がいないという社会関係の欠如(社会的孤立)、②利用できる制度やサービスを知らないという情報・知識の欠如、③援助の要請を抑制する意識(心理的障壁)があると考えています。
これらの点をふまえ、(1)~(3)の状態にあるか、またはこの状態への陥りやすさと関連する行動・状態・意識があるかを判定するためのチェック項目を選びました。
4.どのように作成したのか
14名の研究者や相談機関等での実務経験をもつ専門家が、「健康班」「経済班」「社会班」の3つのワーキンググループに分かれて、それぞれの専門領域に基づき、チェック項目の選定やリスク判定基準の設定、リスク保有者に対するアドバイスの作成を行いました。
ワーキンググループでの作業において重視したのは以下の点です:
①何らかのエビデンス(先行研究、データ解析結果等)を提示できる。
②主要ターゲットの年齢を考慮する。独居者に限定されたリスクである必要はないが、独居者にとって重要性の高い項目を優先する。
③解決策や有益な情報を提示できそうにない項目は除外する。
①に関して、分野によりエビデンスの提示が難しい場合には、複数の専門家へのヒアリングを行い、客観性の確保に努めました。また、オンラインで実施した予備調査(40~60代898人)のデータを分析し、チェック項目の選定、具体的な質問方法、アドバイス作成の参考にしました。
ライフスタイルチェック作成委員会のメンバー、およびヒアリングにご協力いただいた専門家のリストは、
こちらをご覧ください。
5.どのような項目でチェックするか
最終的には、「病気の予防・管理」「生活習慣」「社会とのつながり」「家計・生活」「知識習得・活用」という5つの領域に分かれる、合計22個のチェック項目を選定しました(表参照)。チェック項目は、1つの質問により判定するものもありますが、複数の質問により判定するものもありますので、お答えいただく質問数としては35問程度です。
質問への回答後、領域別に診断結果が表示され、中程度または高程度のリスクがあると判断されたチェック項目については、アドバイスが表示されます。
各チェック項目についての①選定理由、②リスクの判定基準とその理由、③アドバイスの視点に関する解説文は、すべての回答が終了した後に、PDFをダウンロードできます。専門的な内容となっていますが、詳しく知りたい場合は、そちらをお読みください。
表 領域とチェック項目一覧
項目1と8は、該当者のみ答える副問があるため、回答者により質問数が異なる
項目13の4問中2問は項目12の2問と共通